最初に間違えた惑星

  
                   I

 これからお話する物語の前提として、地球の生命史を猛スピードでおさらいしておこうと思う。断っておくが1億年程度の記憶違いは誤差のうちだ。

 地球は今から約46億年前に生まれた。最古の原核生物(バクテリア)の痕跡は35億年ほど前のものとされる。それ以後、ほとんど30億年近くの間、退屈きわまるバクテリアの時代が続く。もし物語の長さが現実の時間経過に比例するものなら、ここで物語は「終わり」だ。しかし、それでは話が前に進まないので、5億5千万年ほど前にあった出来事に触れなければならない。この頃、真核生物それも複雑な身体の構造を持った動物たちの化石が一気に急増するのである。この現象は、それが起きた地質学上の時代区分を反映して「カンブリア紀の爆発」と呼ばれている。

 20世紀の初めに、カナディアンロッキーのバージェス頁岩の岩場で、カンブリア紀の大化石群を発見したのはチャールズ・ウォルコットである。ウォルコットはカンブリア紀の節足動物すなわち三葉虫の大家だったが、スミソニアン協会会長や米国地質調査所所長などを兼務する多忙な行政家でもあった。彼は採集した膨大な量の化石を詳しく研究するヒマが無く、その全部を既知の化石の分類に押し込んでしまった。ほとんどすべての動物化石を節足動物とし、現生動物の祖型に分類した。これを「ウォルコットの靴べら」という人もいる。

 それから約50年後に、ケンブリッジ大学の古生物学者ウィッティントンと彼に率いられた大学院生のチームがバージェス動物たちの本当の意味を明らかにした。ウィッティントンらはスミソニアン博物館に眠っていた4万点に及ぶウォルコットの化石資料を綿密に再調査し、再分類を試みた。バージェス頁岩の動物たちは、強烈な圧力を受けてぺちゃんこになっており、すべて2次元的な薄膜状で産出する。ウィッティトン達は、さまざまな技法を用いてそこから立体像を再構成した。

 その結果、明らかになったことは、バージェス頁岩の節足動物群には、今日まで続く大きなグループ「鋏角類(サソリ、クモなど)」、「甲殻類(カニ、エビなど)」、「多足類(ムカデ、ヤスデなど)」、「昆虫類」それに絶滅した「三葉虫類」のどれにも分類不能な大量の化石が含まれていることだった。それどころか、もっと上のレベルで、どの「門」に帰属させたらよいのか分類不能の奇妙な動物も数多く見つかった。これは多細胞生物が大規模に出現した「カンブリア紀の爆発」の直後の出来事で、その爆発の大きさはけた違いのものだったことが判明した。しかもそれは、わずか数百万年という、地質年代的にはほとんど一瞬と言ってよい短時間のうちに起ったのである。

 バージェス化石の物語は、ベストセラーになったスティーブン・ジェイ・グールドの本「ワンダフル・ライフ」によって世界的に知られるようになった。要約すると、グールドはこの本で次のように言っている。

 『地球上の生命は、カンブリア紀にさまざまなボディ・プランを試した。ほとんどのボディ・プランは絶滅により捨て去られ、ごく一部が生き延びて現生生物に繋がった。従って、生物は逆円錐状に、樹が枝を広げるように進化してゆくという従来の描像は間違いである。門のレベルの「異質性」では、最初に最大値に達したのち、むしろ貧弱化している。増大したのは種のレベルの「多様性」に過ぎない。どの生物群が生き延びられるかは偶然で決まる。従って、歴史のテープを巻き戻して、最初からリプレイさせてみても、そのたびごとに全く違う結果にたどり着くであろう。地球上に人類が繁栄している必然性など何もない。』

 グールドがバージェス化石の重要性を世間一般に広く知らせた功績は大きい。彼の著作はレトリックが華麗で、それが魅力でもあるのだが、そのため一部に反感を招く傾向があるようだ。「ワンダフル・ライフ」の内容も、ウィッティントンの元院生であったサイモン・モリスに批判されている。モリスは並行進化の例をあげて、リプレイしてみても結局同じような結果になるだろうと言う。この分野の論争はいつまでも決着がつかず、レトリックの闘いの様相を帯びるようだ。

 論争にけりをつけるには、生命進化のリプレイを観測できればよいのだが・・・

 

 

                  II

 西暦2120年、太陽から約50光年ほど離れた銀河系の一角、ナマコ星団の中に、それぞれがHP(habitable planet 生命居住可能惑星)を持つ恒星の群れが発見された。これはHPの巣のようなものだ。

 Zweivogel理論(詳しい説明はのちほど・・・)にもとづく時空間ワープ航法(詳しい説明はのちほど・・・)がこの頃までに確立されていたので、早くも2130年代には数多くのSRDE (宇宙研究開発探検隊)が組織され、彼らを乗せたW V(ワープ移動体)が次々に地球を飛び立っていった。時空間ワープ航法によれば、50光年程度の距離ならば現地滞在期間を含めて固有時間1年ないし2年で往復できる。これは15世紀末のコロンブスによる新大陸への往復よりは長いが、海外赴任にはちょうど手ごろな期間である。

 W Vに乗り組んでいたのは、航行クルーの他に自然科学各分野の研究者、軍関係者、ジャーナリスト、それに何故か不動産屋などである。伝説によれば20世紀半ばに設立されたらしいNASA (アメリカ航空宇宙局)は、「火星に生命の痕跡発見?」というアドバルーンを定期的に上げることで予算を貰い、細々と活動を続けていたが、HPの発見に「おらほの春が来た」とばかりに欣喜雀躍して、大勢のメンバーを送り込んだことは言うまでもない。

 以下に述べるのは、地球に帰還した数多くのSRDE隊員からの報告に基づくショッキングな事実である。

 まず、ほとんどの生命居住可能惑星には、実際に生命体が居住していることが判明した。岩石の同位体測定から、惑星たちの年齢はおおむね地球と同程度(数十億年)と分かった。どうやら条件のよい惑星ができれば、数億年のうちに生命が芽生え、あっという間に(と言っても数億年単位だが)ウジャウジャと繁殖し進化してしまうものらしい。生命誕生とは奇蹟でもなんでもなくて、きわめてありふれた現象なのであった。このため、中学校の教科書では物質の存在形式として、気体、液体、固体のほかに生命体を付け加えることになった。

 ところで進化生物学は、それまではこの地球上というたった一つのサンプルで起きた一回こっきりの現象を研究対象としていたので、そもそも科学と言えるのか?という批判にさらされてきた。こういう傲慢な意見を述べるのはたいてい物理学者だ。彼らは定量性と一般性を備えていない学問は学問ではない、少なくとも科学ではないと思っている。ところがHP群の発見により、多数のサンプルでの時系列データ(化石発掘を行った)を持つことになったわけである。いまや進化生物学は立派な自然科学になったのだ。

 で、問題はそのデータの中身である。HPに降り立った隊員たちは一様に、目の前の異様な生物の姿にたまげた。動物も植物も、地球上の動植物に似ていないことはないにしても、どこか変なのだ。あるいは、地球上ではまったく近縁種を見出せない妙ちきりんな姿をした動物らしき生物もいた。

 これらの生物は、すべて酸素呼吸をしていることはどの星も共通だった。ある酸素濃度の高い惑星では、巨大な昆虫に似た節足動物たちが繁栄していた。ただし、どの「虫」も脚が4対ずつついているのだ。差し渡しが1メートル近くもある翅を備えたトンボに似た生物はむしろ甲殻類に近い。それらが青い太陽光の差し込む、巨木の林立する赤い森を飛び回っている。この星は未だに地球の石炭紀に近い時代にいるようだ。

 分類学者たちは、捕集した「動物」たちの骨格や内臓を解剖し、地球上の動物との対応を調べ、分類を試みたが、困ったことに、まったく対応物を持たない分類不能の動物種が数多くみつかった。

 あるとき、一人の古生物学者が、HPの海で採集された水生動物が水槽の中で泳いでいるのを眺めていた。体長10センチメートルほどのその生き物は、地球のシャコに似た体形だが、体側には無数の鰓がひらひらとうごめき、先頭からは長いノズルが前方に伸びている。そして頭には5個の目玉がついているのである。この奇妙な生物とその近縁種が、この星の水中では大繁栄しており、いたるところで獲れる。姿かたちは不気味だが、その肉は茹でるとエビに似た歯応えで、地球から持ち込んだ米で酢飯をつくり鮨ダネにすると結構いけるのだ。

 アレレ、どこかで見たことがあると、この古生物学者は気がついた。そうだオパビニアだ!オパビニアは、地球のバージェス頁岩の中で発見された化石生物の名である。地球上では、オパビニアの化石は10個ほどしか存在しない。その貴重なオパビニアを、探検隊員たちはサラメシのおかずにしていたのである。

 

        オパビニア 
http://www.as.wvu.edu/~kgarbutt/EvolutionPage
/Studentsites/Burgesspages/Opabiniapage.html

 

 これがきっかけとなり、それぞれの惑星で化石探索が盛んとなった。化石の発掘には、不動産屋もシャベルを担いで参加した。おかげで2140年代には、HP1からHP20まで、20個の生命居住可能惑星における時間軸データが揃った。

 それらを並べて概観した結果、次の事実が判明した。


(1)生命の進化には一般的パターンがある。惑星が出来てから10億年ほど経過すると原核単細胞生物が現れる。それからさらに30億年後に真核細胞を有する生物が出現し、直後にその形態が爆発的に多様化する。これは地球における「カンブリア紀の爆発」に類似する。化石記録には、その星の現生生物の全ての祖型が含まれるが、それ以外の異質な生物も多く含まれる。これらは絶滅したのである。
(2)「カンブリア紀の爆発」で出現した動物群のどれが滅び、どれが現生動物にまでつながるかは、まったくの偶然の結果とかわらない。従って、現在の惑星上には、惑星ごとにまちまちの生物が存在することになる。

 (2)は20世紀後半にグールドが唱えた予言と一致する。(1)は意外な発見だったが、この一般的法則が「生命」に内在するなんらかの動因によるものかどうかは今後の課題である。

 というわけで、グールドはどうやら正しかったようだと進化生物学者も物理学者も納得した。なにしろ、進化のテープを巻き戻してリプレイした結果が20個も存在するのだから、文句のつけようはない。

 22世紀の後半には、比較的住みよさそうなHPに移住を試みる物好きな人間もチラホラ出てきた。そのような惑星には、別荘地や住宅団地が開発され始めた。やっと本来の仕事で不動産屋の出番だ。しかし不動産の売れ行きは芳しくないという。自宅の庭や公園に、体長1メートルはあるダンゴ虫に類似した節足動物が、モゾモゾと歩いているような団地に住みたいという人間は多くはいないのだ。

 

                                    III

 ところで、まだ残された疑問が一つあった。これだけ多数のHPを探索した挙句、いまだ知性を持った生命体に遭遇していないのは何故だろう。やはり人類はこの宇宙で特別な存在なのだろうか?

 ナマコ星団の辺境に残されていた最後の生命居住可能惑星HP21から、一隻のW Vが3年の航行を終えて地球に帰還した。このW Vからは「ワレチテキセイメイタイニソウグウセリ」というQETC(量子エンタングルメント遠隔通信、詳しい説明はのちほど・・・)が届いていたので、帰還が待ち望まれていたのだ。

 W Vのハッチから現れた乗組員たちは、一様に疲弊していた。中には精神の変調をきたした隊員もいた。

 隊員たちの撮影したスマホの動画には、異様な光景が写っていた。木立が写っていた。よく見るとその大枝の一つひとつが揺れている。風も無いのに揺れていることは、動きがてんでんバラバラなことから分かる。木が自由意思を持っているようだ。

 その木々の間をなにやら動物らしきものの群れが動いていくが、それぞれが決まった形を持っていない。不定形なスライムの群れのようだ。頭に目らしきものは持っているが、その数は二つ三つといろいろである。

 SRDEに所属していた遺伝生物学者が、驚くべき発見をした。この星の生物たちはDNAを持っていないのだ。その上、この星では生物は原核生物のまま多細胞化し、進化の横道に迷い込んでしまったようだ。

 彼らは有性生殖をするので、雌雄の別はあるが、ときに個体が分裂して無性生殖もするのでややこしい。遺伝情報はある種のタンパク質が担っているが、そもそも遺伝子が存在しないので、親の形質はまぜこぜになって子に伝わる。したがって、明確な「種」というものも存在しない。つまり、すべての生物が連続的につながっている。驚くべきことに「植物」と「動物」の境界すら判然としないのだ。「植物」にも原始的な脳が存在する。

 ここでは、進化は分布の揺らぎによってしか起きない。これはダーウィンも悩んだ問題だが、分布の揺らぎが増幅され、固定化されて「種もどき」が生まれるようだ。これは非常に効率の悪い進化の方法であるが、どうやらこの惑星の生命は、進化の一番最初に間違った選択をしてしまったらしい。 これほどいい加減な生き方で、淘汰圧の中をよく生き延びてこられたものだ。

 ある日、隊員の一人が妙な振舞いをする不気味な「動物」(目が三つあった)と接触した。この動物は吸盤のついた3本指の手を隊員に差出し、何かキーキーと話しかけてきた。どうやら彼は知性らしきものを持っていると気づいたその隊員は、激しく嘔吐してW Vに逃げ帰った。そして「ここからはさっさと離れるべきだ」と全員一致で決議して、この許されざる「間違えた惑星」を後にしたということだ。


                                    (March 2017)

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