太郎と花子と次郎の家
その家は図書館へ行く近道の路地に面して建っていた。横張板の外壁と柱を青灰色と白のペンキで塗装した小さな家。壁にバスケットボールのゴール板が取り付けてある。下は駐車場だが、車の置いてない時にはストリートバスケができるだろう。
ドアの横に手製の表札が掛けられていて
○○ ○○
○○
太郎
花子
次郎
と、家族の名前が書いてある。あっはは、太郎と花子と次郎か。私はその表札を見るたびに愉快な気持ちになった。なんだかその家庭の雰囲気まで分かるような気がした。長男と長女を太郎、花子と名付けたら、次の男子の名前は次郎以外にありえんだろう。
私はその家の前を通るたびに表札を見ることが楽しみになった。どんな子供たちだろう、どんな両親だろうと想像をめぐらせた。しかし、太郎君にも花子さんにも次郎君にも、その両親にも一度も会うことはなかった。ときどき二階のベランダに洗濯物が干してあったりするので、たしかに誰かが住んではいるはずなんだが。
今日、久しぶりに前を通ってみたら、小さな家の周りに鉄骨で足場が組まれている。バスケットボールのゴールも取り外されている。私がその家に初めて気づいたのは、ずいぶん以前のことだから、子供たちも大きくなっているだろう。もしかしたら、子供たちはもう独立しているのかも知れない。私に小説家の才能があったら、想像をふくらませて「太郎と花子と次郎の家」の物語を書けたかもしれないが、私にはその能力も時間もない。
小さな家は解体されるようだ。
(March
2014 )