質問力

 学会や研究会で手を挙げて質問をするのは勇気がいる。私のようなすれっからしでも、学会で立ち上がって最初の質問をする時はドキドキしている。2回目以降は平気になってしまうが。

 質問をするコツは、一番最初におもいきりアホな質問をしてしまうことである。これを逃すと、賢い質問が出てきて、いまさら基本的なことを聞くわけに行かなくなってしまう。

 ファインマンがどこかに書いていた話。
彼が勤めていた大学の学生で、アホな質問をするので有名な男がいた。もう、箸にも棒にもかからないような下らない質問をする。授業中にするだけでなく、先生がキャンパスを歩いているときでもつかまえて質問を吹っかける。質問魔である。それでとうとう、教師達は遠くから彼がやってくるのが見えると、敬遠して道を避けてしまうようになったというから凄さが分かる。
ところが、この学生がときどきは的を得た質問をするようになってきた。それどころか、時には非常に良い質問さえするようになった。そして今、彼はある大学の教授になっている。

 質問魔でも何でもいいから、とにかく学会では質問をした方がよいだろう。何しろ聞くのはタダですからね。講演者も、質問に答えることで、自分の話をある程度、客観的に振り返ることができる。質問と回答は、大事な社交でもある。バトルとも言うが・・・。

 いくつかの学会で講演したり聴講したりして、学会ごとにだいぶ雰囲気が違うことに気づいた。もっとも激しいのは、いうまでもなく物理学会である。これは自分を振り返っても思うのだが、大体、物理学会では
「この話、どこかに間違いがあるんじゃないか?」
という態度で聞いていますね。これはある意味健全な姿勢だと思うが、立ち上がって
「貴方の話はここがおかしい!」
といきなり始めるのは物理学会だけだろう。他の、もっと紳士的な学会から来たひとは、これでショックを受けるようだ。

 経験によれば、化学や応用物理の学会はもう少し紳士的だ。質問も
「素晴らしいご講演をお聞かせ頂き、まことに有難うございました。ところで一つ、お教え頂きたいのでございますがうんぬんかんぬん」
と、全くご丁寧である。大体、講演者だって皆さんダークスーツにネクタイ姿で、物理学会のようによれよれのジーパン姿なんて居やしない。

 質問のスタイルで独特なひとに、フェムト秒の大家K先生がいる。K先生は自分用のレーザーポインタ(マイレーザーポインタ)を胸ポケットに入れて、最前列で聞いている。質問するときは、それで画面を指しながら細かいところを根掘り葉掘り聞く。自分の研究室の学生の発表では、学生が質問にうまく回答できないでいると、自分でレーザーポインタを使って説明を始めたりする。先日の学会で、K先生が、マイレーザーポインタを取り出した時、後ろの方で誰かが
「出たっ!」
と叫ぶのが聞こえた(Tさんの証言)。

 同じ学会でも国際会議で質問するのはもっと大変だ。質問より大変なのは回答である。私は語学力の不足で恥ずかしながら、質問に的確に回答できたという記憶があまりない。

 ドクターコースの院生のころ、初めて国際会議で講演した。そのとき質問に立った一人は、その分野で有名な米国の理論家だった。奇跡的にも、彼が何を言っているかが分かったので、私は
"It is a good question"
と言って答え始めた(ようである)。
会議の後、
「It is a good questionとは、カヤヌマ君、いい度胸だねえ」
と先輩にからかわれたが、度胸もクソもない、完全に舞い上がっていただけだ。

                                 (May 2010)

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