主要論文(2008.9.25更新)
- Vibronic Problem for the Relaxed Excited State of the F-center in Alkali
Halides I and II,
Y. Kayanuma and Y. Toyozawa,
J. Phys. Soc. Jpn.40, 355 and 363 (1976).
カラーセンター物理の最後の謎と言われていたF中心の緩和励起状態の振電構造について明らかにした。F中心の緩和励起状態では2sと2p電子状態が振電混合している。実験にもよく合うモデルが作れ、実験家にも大いに使って頂いた。このとき、(s+p)×P型の動的擬ヤーンテラー効果の固有値問題を初めて解いた。波動関数の具体形を用いずに、演算子代数の方法でバイブロニック・ハミルトニアンの行列要素を求めたのがちょっとオシャレ(と本人は思っている)。
- Vibronic Theory for Bound Polaron with Application to Excited States
of F-center in Alkali Halides,
Y. Kayanuma and Y. Kondo,
J. Phys. Soc. Jpn. 45, 528 (1978).
F中心の過渡吸収スペクトルの解析のために、bound polaronの理論を作り直した。球対称場の中のLOフォノンを、kベクトルではなしに、角運動量で分類する一般論をつくり、実験を解析した。異なる電子状態間を結ぶnonadiabatic
couplingのために、フォノン・サイドバンドはポアソン分布から外れ、不規則な構造を呈する。過渡吸収とは電子励起状態からの吸収測定である。2階の様子を1階から眺めるのではなく、2階に上がって手にとって調べるようなものだ。近藤泰洋氏はこんなに早い時期に、固体物理にその手法を導入している。
- Nonadiabatic Transitions in Level Crossing with Energy Fluctuation I
and II,
Y. Kayanuma ,
J. Phys. Soc. Jpn, 52, 108 and 118 (1984).
Landau-Zener型の準位交差が媒質中で起きるとき、熱浴としての媒質揺らぎが非断熱遷移に及ぼす影響を、確率過程モデルによって調べた。揺らぎによるdecoherenceの強い極限で成り立つ遷移確率の公式を見つけた。最近、東大の齋藤圭司氏とともに、この拡張を試みている
(K. Saito and Y. Kayanuma, Phys. Rev. A65, 33407 (2002))。また、フォノン場中でのLandau-Zener型準位交差については、中山博幸氏とほぼ完全に調べ上げた(Y.
Kayanuma and H. Nakayama, Phys. Rev. B57, 13099 (1998))。
- Freezing-Out of Tunneling Motion of OH^- in NaCl Crystals due to Dipole-Dipole
Interactions,
Y. Kayanuma and S. Tanaka,
J. Phys. Soc. Jpn. 55, 2053 (1986).
難波孝夫氏らが、NaCl結晶中のOH^-の伸縮振動スペクトルに配向のトンネル効果から来る微細構造を見い出し、その分裂幅がOH濃度増大とともに減少し消滅するのを発見した。これを、OHイオン同志の双極子・双極子相互作用により、トンネル効果が凍結された結果と考え、吸収スペクトルの計算を行った。その際、吸収スペクトルを不純物濃度で展開するvirial展開理論を作った。悪くない仕事だと思っている。ほとんど引用されなかったが。
- Wannier Exciton in Microcrystals,
Y. Kayanuma,
Solid State Commun. 59, 405 (1986).
国分町(S市の歓楽街)での忘年会で実験研究室のグループと合流した。そこで、「今、何やってるの?」 「ビールを飲んでいます」 「古いギャグだね。研究の方だよ」 「NaClにCuを溶かしこんで・・・」という大学院生のK君との会話から生まれた論文。ただ一つの変分パラメータで、弱閉じ込めから強閉じ込めまでの全領域をカバーする簡単なモデルを作った。
- Population Inversion in Optical Adiabatic Rapid Passage with Phase Relaxation,
Y. Kayanuma,
Phys. Rev. Letters, 58, 1934 (1986).
2準位系にほぼ共鳴した光を照射して、この光の振動数を掃引したり、2準位系のエネルギー差を外場で変化させることで、Landau-Zener型の準位交差が実現できる。このadiabatic
rapid passageが凝縮媒質中で起きるときの分布反転を調べた。今、この種の実験は盛んに行われるようになっている。
- Resonant Secondary Radiation in Strongly Coupled Localized Electron Phonon
System,
Y. Kayanuma,
J. Phys. Soc. Jpn. 57, 292 (1987).
強結合電子・格子系の共鳴ラマンスペクトル・時間分解発光スペクトルの計算。超高速レーザー分光は1990年代にポンプ・プローブ法を中心に大発展したが、固体中の強結合系の時間分解発光では、ようやく最近になり、東大物性研の末元グループから美しいデータが出た。きれいなフォノン波束の減衰振動が見えているので感激した。
- Quantum Size Effect of Interacting Electrons and Holes in Semiconductor
Microcrystals with Spherical Shape,
Y.Kayanuma,
Phys. Rev. B38, 9797 (1988).
球形量子ドット中での電子正孔対の量子サイズ効果の計算を本格的に行った。最近、魚住孝幸氏とともに、すべての角運動量に対し固有状態を計算する手法を確立し、この問題の完全解を与えた(T.
Uozumi and Y. Kayanuma, Phys. Rev. B65, 165318 (2002))。
- Adiabatic Potentials for Self-Trapped Excitons in Alkali Halides,
Y.Kayanuma,
Rev. Solid State Sci., 4, 403 (1990).
自己束縛励起子の本質に関して、この頃、急展開があった。目の前で、モヤモヤしていた霧が晴れていくのを目撃して、実験の威力を改めて思い知った。3ヶ月ほど、実験の論文を読み漁り、部屋の中を歩き回って断熱ポテンシャルの構造を考えた。その結論は「スピン対称性によって準安定配置が異なる」という驚くべきものだった。神野賢一氏、松本(青木)珠緒氏らによるreviewがまとめられている(K.
Kan'no, T. Matsumoto and Y. Kayanuma, Pure&Appl. Chem. 69, 1227
(1997))。
- Incomplete Confinement of Electrons and Holes in Microcrystals,
Y.Kayanuma and H.Momiji,
Phys. Rev. B41, 3360 (1990).
強い閉じ込め領域では、量子ドットから媒質への波動関数のしみ出しが重要になる場合がある。この効果を取り込んで変分計算を行った。当時、学部4年生だった楓さんは、University
College of Londonで砂丘の研究により学位を取得後、現在Imperial Collegeで目玉の動きの研究中。
- Resonant Interaction of Photons with a Random Array of Quantum Dots,
Y. Kayanuma
J. Phys. Soc. Jpn. 62, 346 (1993).
結晶中にランダムに分布する2準位系(量子ドット)によるフォトンの共鳴散乱の問題を調べた。なぜランダムにしたかと言うとCPAがやりたかったから。でCPAで計算してみると(笑)、ある臨界濃度があって、それ以上ではフォトンの分散曲線にエネルギーギャップが開くことが分かった。ランダムなレーリー散乱から指向性のあるポラリトン描像への乗り移りが起きている。逆にいうと、低濃度域ではフォトンが2準位系で散乱されるのだが、高濃度域ではポラリトンが、2準位系のdefectによって散乱される描像になる。ここで開発した技法は、CPAとはいっても単なるポテンシャル散乱ではなくて、2準位系とボゾンの混成相互作用であるところが新しい。実はほぼ同じ計算を2準位系と音響フォノンの相互作用についてやったことがある(Y.
Kayanuma, H. Yamada and S. Tanaka, J. Phys. Soc. Jpn. 54, 2576 (1985))。ところで、励起状態のエネルギーは当然、自己エネルギーシフトを受けるのであるが、ここに紫外発散の問題が出て来る。これは繰り込み理論によらないと除去できない。凝縮物質と光の場との相互作用には、大きな暗黒部分があるのだが、皆さん、平気でこの種のハミルトニアンを使っているのである。そのうち再挑戦する予定。
- Phase Coherence and Nonadiabatic Transition at Level Crossing in a Periodically
Driven Two-Level System,
Y. Kayanuma,
Phys. Rev. B47, 9940 (1993).
2準位が外場で揺すられて周期的に交差する場合の波動関数の時間発展を、coherentな極限からincoherentな極限まで解析的に調べた。本質的にはZenerにより1932年に与えられた転送行列の方法が、極めて有効である。coherentな極限では、coherent
destruction of tunnelingとよばれる遷移の凍結が起こるが、これは二つの経路間の干渉効果(時間軸でのYoungの実験)として説明できる(Y.
Kayanuma, Phys. Rev. A50, 843 (1994))。準位交差の際に、波動関数にはStokes位相という妙な位相因子がつくが、これは非断熱幾何学的位相(Aharonov-Anandan位相)の一種であることを示した(Y.
Kayanuma, Phys. Rev. A55, R2495 (1997))。周期振動に一定速度のエネルギーシフトが重なると不思議な現象がおきる(Y.
Kayanuma and Y. Mizumoto, Phys. Rev. A62, 61401 (2000))。複合2準位系のコヒーレント制御は量子計算の実現上も重要な問題である。
- Resonant Tunnelling of a Composite Particle through a Single Potential
Barrier,
N. Saito and Y. Kayanuma,
J. Phys. Cond. Matter, 6, 3759 (1994).
複合粒子たとえば2原子分子が、一つのポテンシャル障壁をトンネル透過するとき、ある条件下では共鳴トンネリングが起きることを指摘した。Wannier励起子が、一つのヘテロバリアを透過するときも、鋭い共鳴構造が見られるはずである(N.
Saito and Y. Kayanuma, Phys. Rev. B51, 5453 (1995))。こちらは漸化式Green関数法で計算してみた。齋藤さんの修士論文。複合粒子の量子ダイナミックスには、厳密に計算できる面白い問題がほかにもありそうだ。実験もそのうち出るだろう。
- Lattice Relaxation and Resonant X-Ray Emission of C 1s Core Exciton in
Diamond,
S. Tanaka and Y. Kayanuma,
Solid State Commun. 100, 77 (1996).
ダイヤモンドの1s内殻共鳴励起状態で強い格子緩和が起きていることを示唆するY. Maらの実験に対し、ヤーンテラー効果のモデルで理論的解釈を与えた。X線発光は内殻励起子のオフセンター緩和途上からのホットルミネッセンスにほかならない。その後、追試もなされず「あの実験は間違いだ」というアングラ情報まで流れ、辛い時期もあったが、最近、偏光相関まで測る精密測定がなされ(Hさんありがとう!)喜ぶべし、ほぼ完全に理論的予言が再現された。元気がでた。これが理論だ!
- Nuclear Motion of Core Excited BF_3 Probed by High Resolution Resonant
Auger Spectroscopy,
M. Simon, C. Miron, N. Leclercq, P. Morin, K. Ueda, Y. Sato, S. Tanaka and
Y. Kayanuma,
Phys. Rev. Letters, 79, 3857 (1997).
内殻共鳴励起状態で大きな分子変形が起こっていることを示す明確な実験とその解析。初めて上田潔氏らの実験の話を聞いた時の驚きが、田中智氏との理論作りの動機になった。擬ヤーンテラー効果にもとづくvibronic理論の本論文はS.
Tanaka, Y. Kayanuma and K. Ueda, Phys. Rev. A57, 3437 (1998) 。
- Theory for Carrier-Induced Ferromagnetism in Diluted Magnetic Semiconductors,
M. Yagi and Y. Kayanuma,
J. Phys. Soc. Jpn. 71, 2010 (2002).
「今、流行しているテーマ」は、原則としてやらない主義であるが、目の前にぶら下がっていたこの問題だけは手を出さずにはいられなかった。Zenerの2重交換相互作用をrandom系に拡張すればよい。有限温度におけるspin
carrierの電子状態をCPAで計算し、自由エネルギー極小の条件から磁化とCurie温度が自然に求められる。CPA以外の近似は一切使っていない。誰がやってもこうなるだろう。4次方程式のFerrariの解法が大いに役に立った。重要な結論は、Curie温度を最大にする最適のcarrier濃度が存在して、それ以上carrierを注入してもTcは下がってしまう、という予言である。大学院生だった八木さんの修士論文。
- Recoil Effects of Photoelectrons in a Solid
Y. Takata, Y. Kayanuma, M. Yabashi, K. Tamasaku, Y. Nishino, D. Miwa, Y. Harada,
K. Horiba, S. Shin, S. Tanaka, E. Ikenaga, K. Kobayashi, Y. Senba, H. Ohashi,
and T. Ishikawa,
Phys. Rev. B 75, 233404 (2007).
グラファイトのC 1s内殻からの硬X線光電子放出スペクトルに、放出電子からの反跳効果が見えるという発見。簡単な運動量の保存則から、8keV程度のX線励起では300meVものエネルギーシフトがあってよいことがただちに分かるのだが、誰も気がついてなかった。知らぬ間に実験の精度がそこまで高くなっていたのだ。光電子スペクトルの形状は、スタンダードなフォノンのモデルで計算したものと驚くべき精度で一致する。理論の威力(理論家の威力ではなくて)を改めて感じる。
その後、反跳効果は金属のフェルミ端にまで存在することが分かった。(Y. Takata et al. Phys. Rev. Lett.
101, 137601 (2008)) 結晶全体に広がった自由電子が、「一つの原子」をキックするのは一見不思議だが、こちらもスタンダードなモデルで、一切の調節パラメータなしで実験スペクトルが再現できる。
- Coherent Destruction of Tunneling, Dynamic Localization and the Landau-Zener
Formula,
Y. Kayanuma and K. Saito,
Phys. Rev. A 77, 010101(R)-1 (2008).
これは非常に珍しい論文である。なぜかというと、論文番号を見て頂ければわかるように、2008年のPhysical Review Aの先頭に掲載された論文だから。
2準位系が分かればtight-binding モデルのダイナミクスが分かる。逆もまた可。実際、二つのモデルのあいだには、完全な1対1対応があることが分った。Bloch振動もWannier-Stark
局在もdynamic localizationも、全部2準位系から出てくる。
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