流星群

 秋の初めのある日の夕方、若狭地方の小さな鉄道の駅にリュックサックを背負った二人の男が降り立った。ひとりはひょろりと長身で、もうひとりはずんぐりとして無精髭を生やしていた。
「どこかでめしを食って行こう」
と無精髭が言った。駅前には小さな食堂が一軒あるきりだった。がらんとした食堂で、二人は注文したラーメンを食べた。店の女はずっとテレビの画面に見入っていた。

 それから二人はひとけのない駅前通りを歩いていった。小さな町なので、すぐに町外れまで来てしまった。表通りをそれ、ゆるやかな坂道を下って行くと、波の音が聞こえてきた。潅木におおわれた小さな砂丘を越えると、目の前が開けて夕暮れの海が広がっていた。のっぽの男がリュックサックからビニールシートを取り出して砂浜に敷いた。

 落日の残照が雲に映え、沖の方だけ明るく海面を照らしている。シートに座って眺めていると、海は見る間に暗くなってきた。頭上の青空が色を失い、たくさんの星が瞬き始めた。
「まだ大分間がある」
のっぽの男が言った。
「僕は泳いで来る。君も泳がないか?」
「もう水は冷たいぜ。俺はごめんだ」
のっぽの男は裸になり、海水パンツをはいて波打ち際に降りていった。

 すっかり夜になっていた。浜に残った男は、タバコに火をつけ海を見つめた。沖でチラチラ光っているのは夜釣りの漁船の灯だろうか。ときおりその前を、ゆっくりと黒い船影が横切ってゆく。港へ急ぐ貨物船らしい。星月夜だった。何年ぶりかで見る天の川が、薄い靄を引いたように空にはすかいに懸かっていた。のっぽの男は、よほど沖まで泳いでいったのだろう、暗い海面にはどこにも姿が見えなかった。

 男は立ち上がり、海岸の石で小さなかまどを作った。それから流木を拾いあつめ、新聞紙にマッチの火をつけて焚き火を始めた。流木に火が燃え移ると、コッヘルにポリタンクの水を満たしその上にかけた。

 湯が沸いたころ、 泳いでいた男が身体から水を滴らせて上がってきた。
「なかなか気持ちよかった」
ポリタンクの水を頭からかけながら言った。
「君は水さえ見れば泳ぐ男だな」
待っていた男が、コッヘルの湯でインスタントコーヒーを入れてやった。

「始まらないね」
「夜中の2時を過ぎないとダメさ」
「では飲みながら待つとしよう」
髭面の男が取り出したウィスキーのポケット瓶を、二人は回し呑みした。

「僕はもうすぐ結婚するよ」
のっぽの男がぽつりと言った。
「あのひとと?」
「うん、いろいろあったけどね」
目尻にしわを寄せてのっぽの男が笑った。
「君の方はどうなった?」
「俺は、別れた」
無精髭が言った。
「そう。・・・でも、いいひとだったじゃないか」

 少し冷えてきたので、シュラフに潜り込んで待つことにした。陸地の方を頭にして、二人並んで横たわった。

 寄せては返す波の音。天球が数多の星座を載せて、ゆっくり回転してゆく。

「いい女だったよ」
暗がりの中で、髭面の男の目尻から何かがこぼれ、頬を伝って流れ落ちた。もうひとりの男は何も答えなかった。もう眠ってしまっていたのかも知れない。

 その夜、若狭の海岸にいた二人の若者の頭上はるか、天空のかなたで、ジャコビニ流星群が幾千の星の雨を降らせた。恋を得た男も失恋した男も、肝腎のその時間にはぐっすり眠っていたので、それを見ることはなかった。


                                                   (July   2003)