回想の中の空想

「ゆうべ、またマンダレーに行った夢をみた」

この忘れがたい一行から小説「レベッカ」は始まる。

最後まで名を明かされることのないヒロインの回想で、物語は進む。美しいマンダレーの地所と館の中で、死後もなお圧倒的な存在感を持ち続ける前妻レベッカ。読者はヒロインとともに、人を魅了してやまないレベッカの影を、マンダレーのそこかしこに感じる。夫のマクシムは、いまだにレベッカの呪縛の虜になっているように見える。それがこの小説の伏線(叙述トリック)になっている。

その仕掛けは、ヒロインの空想癖に隠されている。一人称で綴られる回想の中に、いつのまにか空想が紛れ込む。回想の中の空想、それを読者はいやおうなく信じざるを得ない。最後に真実が明かされるまで。

仮装舞踏会の翌朝、海岸の岩場に座礁した船から一発の信号弾が打ち上げられ、それを合図とするように、物語は一気にクライマックスへと進む。そして静寂の中で迎える破局。

天才デュ・モーリアの描いた、美しい悪夢のような物語。

                                        (Oct. 2009

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