ポータル

 ポータル(portal)とは英語で門のことである。しかし、ここでいうのはポータル・サイトすなわちインターネットへの入口となるサイトのことである。

 定員削減の影響で大学の事務職員の数がどんどん減らされて、事務の仕事が教員ひとりひとりに回されてくるようになった。自分のことは自分でやれというわけである。私の大学でも、今年の春から研究費の管理は、研究者が自分で学内のインターネットを通じてポータルから行うように変わった。

 そこで問題になるのがポータルである。

 たとえば学会などの出張で旅費の申請をしなければならない。パソコンの画面で個人の識別番号とパスワードを入れて、おそるおそるポータルを開く。何回かクリックを重ねて、経理関係の旅費のサイトまで行く。ここまではなんとかできるようになった。しかし、そこから先が大変だ。首尾よく旅費を引き出すまでにクリアしなければならない難関が待ち構えている。

 まず用語が分からん。発生源、勘定科目、配分部所たぁいったい何のことですかい?こういう会計用語(多分)がナマの形で出てくると、そっちがそう来るならこっちは量子物理の用語で記入してやろうか、という気持ちになる。

 事務の人に教えられたとおり、いろいろ書き込んだりあちこちクリックしたりして、先へ進んでもなぜか動かなくなる。悪戦苦闘しているところに秘書さんがやってきたので、お伺いすると、一か所、小さなボタンがあって、それを押さなかったのが原因だそうだ。このボタンの意味が分からん。要するにこのシステムを使いこなすには、こういった秘伝のようなノウハウをたくさん知らないといけないのだ。

 さらに、同じ画面に到達するためのルートが複数あって、画面上は全く変わらないのに、どこから入ってきたかによって出来ることが変わってくる。つまり履歴の効果がある。あるいは「隠れた変数」がある。2択のところで間違った選択をしてしまうと、取り消しが効かず(少なくとも私にはできない)、最初から全部入力し直さなければならない。なんとか見た目まともな結果に到達するまでに、半日かかることもある。一緒にいるポスドクのM君はパソコンの扱いなら私から見れば神様みたいな人だが、その彼が音を上げてしまうのだから、いかに凄いシステムだか分かるだろう。実にストレスがたまる。

 このポータルシステムは大学が某大手電機メーカーに発注して納入させた。教員は経理だけでなく、あらゆる学務、事務をこの上でやるようになっている。膨大なシステムだ。

 なぜこうなったか?ここから先は例によって私の想像。

 このシステムづくりを上司から命ぜられたF社の若手SEは、二つのことしか考えられなかった。それは全体系の「無矛盾性」と「完全性」である。
   無矛盾性=論理に矛盾を含まないこと
   完全性=あらゆる可能性を網羅すること
なにしろ納期が決まっているから、彼は必死に頑張ったのである。「使い勝手の良さ」なんかは考える余裕がなかったのも無理はない。その結果出来上がったのが、このありがたいポータルなのである。

 パソコンが普及し始めたころは、誰もがコマンドラインから直接命令文を書き込んで仕事やゲームをしていた(ファイル管理ソフト エコロジーが懐かしい)。それを劇的に変えたのがMackintoshのOSと、それをパクったWindowsである。これで操作性が飛躍的によくなり、家庭の主婦にでもパソコンが使えるようになった。いま、わが大学の事務系ポータルはPC-98の時代にいるのだろう。

 


                                        (Oct. 2012)

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