大阪人の快楽

 南海電車の車両の中には、「電車の中で焚き火をしないで下さい」と書いたはり紙が貼ってある、と聞かされていたので、大阪堺市の大学に着任するときは、内心ビビッていた。しかし、実際来てみると、南海電車はきれいな普通の私鉄で、そんな貼り紙はどこにも見当たらなかった。

 だが、大阪の電車の中のやかましいことには驚いた。皆さん、車両の端から端まで聞こえるような大声でしゃべりまくっている。もちろん大阪弁で。お陰でこちらは、目的地に着くまでのあいだ、知りたくもない社内の人間関係から人様の家庭の事情まで、たっぷり聞かされることになる。(註)

 やかましいのは、人の集まるところならどこも同じである。大学の学食(むかしの貧民食堂)のやかましさといったらない。大阪の人は「ヒソヒソばなし」をしない。しようとしても性分として出来ない。・・・多分。

 恐ろしいことに、大阪に移住して4年ほど経つと、この会話のやかましさが耳に快い刺激と感じられるようになった。今では、東京の山の手線に乗って、車内がしんと静まり返っているのに出会うと
「な、なんだ、この異様な静けさは?」
と、思わずあたりを見回してしまう私である。

 大阪の人にとっては、しゃべることそのものが目的であり、人生の快楽なのだ、という真理にハタと思い当たったのもこの頃である。
「なんや、そないなこと、当たりまえやおまへんか」
と、大阪の人なら言うであろうが、全国的には当たりまえじゃないんですよっ!

 この真理にたどりついてから、私にとって異様と見えた一部大阪人の行動パターンが、少し理解できるようになった。(むこうから見ればこっちが変だろうけどね。)大阪ではおしゃべり好きの男でないともてない。大阪の文化は会話から成り立っている。

 しゃべくりたい、という意欲を感じなくなったときが、大阪人の「引退の潮時」である。



(註)私が大阪にいるあいだに、一度やってみたいと思っているギャグ。

電車の中でつり革にぶら下がっている二人連れ。
K:「ねえMさん」
M: 「なんですう?」
K:「大阪って、ナマリのきついとこですねえ
一瞬、凍りつく車内・・・。

 

目次に戻る