大阪の夏

 大阪に住んで大阪の夏を語らないわけにはいかない。大阪の夏を、ひとことで表現すれば、「巨大」である。そんじょそこらの夏とは、土台、スケールが違うのだ。私は、生まれも育ちも東京だが、子供の頃の東京も夏は暑かった。じーんと耳鳴りがするほど暑かったが、その後、東京の夏は軟弱になってしまった。いま、日本の夏を満喫したい人は、是非、大阪に来なければいけない。 

 金剛山から雄大な入道雲が沸き上がると大阪の夏である。ひとりでに笑い出したくなるような熱気(この形容が分からない人は幸せである)が大阪平野を包み込む。風が吹くと、よけいに暑くなるなるのは、いったい何故なんだ!ぎらぎら照りつける太陽に灼かれながら、私は長く暮らした仙台の蒼ざめた貧血気味の夏を思い出す。私は大阪の夏を好む、と半ばやけくそでここに宣言する。

 大阪の夏はやかましい。それはクマゼミがいるからである。東日本の人には想像もつかないであろうが、私は蝉の声がうるさくて、人と全く話ができない、という経験を初めてした。大阪のおばはん達が、なぜあんなに大声なのか、理由の一端が分かったような気がする。今、クマゼミは徐々に勢力を東にのばし、静岡県あたりまで分布を広げたそうである。恐るべし、関西の力。 

 私事であるが、我が家は築40年(?)の鉄筋コンクリート2階建ての公務員住宅である。天井が低い。そうなると、夏に2階の部屋がどういう状況になるか、容易に想像がつくであろう。いわく、焦熱地獄。いわく、屋根付きホットプレート。普段、寝室は2階にしているが、夏になるととても住めなくなるので、家族全員、枕を抱えて1階に移動する。アルプスの牧畜農家では、夏になると家畜を連れて涼しい高地に移動するそうだが、丁度あれの逆である。 

 それでも2年ほど前から、頑張って2階で寝るようになった。もちろん、クーラーはガンガンつけっぱなしである。空気はなんとか冷えてくれるが、熱を帯びてしまった壁はいつまでたっても冷めない。私は遠赤外線でこんがり焼かれる夢をよく見る。

 もっとも、悪いことばかりではない。2階にある押し入れの中は天然の布団乾燥器状態になるので、毎日フカフカの布団に寝られて快適至極である。水道だってちゃんと温水になってくれて、洗顔に便利だし、お風呂などはものの5分で沸いてしまって経済的だ。われわれ貧乏人には、まことにSummertime is living easy、とここは破れかぶれで思い定めるよりほかはない。

 この大阪で夏のオリンピックを開こうという悪魔的な考えが、誰かさんの頭に宿ったのはいつの事であろうか?幸いこの計画は潰れたが、もし開かれたら、水上種目以外は全部、「大阪国際我慢比べ大会」になったことであろう。マラソンでは確実に人が死ぬ。それは保証する。私はIOCの候補地選定で、大阪が203票中得票数6票(6票差ではないよ)で破れ去ったのは、人命重視の観点からもよかったと思う。「実際は9月か10月に開催する予定だった」と言ってもダメである。大阪では、時とすると9月も10月も夏なのだ。なにしろ、大阪の夏は巨大なのである。

目次に戻る