ミサイル防衛網崩壊す

 最近スパム・メールが急増したと、どなたも感じておられるだろう。一日にやってくる電子メールの大半は、愚にもつかない出合い系サイトや精力剤の宣伝だ。スパム・メールがひとりひとりの人間に与える迷惑は小さくても、その被害者の総数で積分すれば送信者は懲役5年くらいの刑には該当するんじゃないかと、私は憤っている。これは電子メールが無料なのがいけないので、一通につき、1円でも課金すれば、ただちに消滅させることができる。この意見は多くの人から聞くが、誰が徴集するのか分からんから実現しそうにない。

 立腹のあまり、スパム・メールの徹底排除を決意した。受けて立ってやろうじゃないか。メーラーのフィルター機能を使えばよいのだ。ちなみに、私が電子メール用に使っているのは10年前に買ったiMacで、メールソフトは古いEUDORAである。このiMacは、画面が赤くなってしまう「赤方偏移」、画面が負の曲率で歪む「凹レンズ効果」、ついには全く立ち上がらなくなってしまう「ブラックホール状態」などの症状が出て、何度も死にかけたが、その都度、奇跡的に自然治癒し今は元気一杯で働いてくれている不思議なパソコンだ。

 さて、そのためにまず、やって来るスパム・メールの題目、文章などを徹底的に分析して、特有の単語をリストアップした。 例えば「癒し」「出会い」「セフレ」「逆援」(意味が分からん) 「●IAGRA」「●OLEX」「Replica」などなどである。ここには書けない放送禁止用語もたくさんある。これらを用いて仕訳ルールを作り、引っ掛かったメールは片っ端からゴミ箱に放り込むシステムを作り上げた。(わたしゃ結局ヒマなのか?)

 こうして出来上がったのが、精緻を極めるミサイル防衛網である。フィルターに掛かったメールはつぎつぎ撃墜されてゆく。すり抜けてきた奴を研究して、たえず新しい項目を付け加えて行くから、だんだん膨大なシステムになってきた。この過程で分ったことは、送信者の方もフィルター機能に対応して進化していることだ。●IAGRAは削除されるのでこれに対抗して●1AGRAとしたりする。そこで、こっちは「AGRA」も新たに登録する。いたちごっこである。そのうち、ついに

 ●
 I
 A
 G
 R
 A

と縦書きする奴が現れた。なるほど、そう来るか!しかし、嫌われていることが分っているのに、ここまでやるとは、敵も意地になっているだけとしか思えない。

 最終的な防御率は90%を越えた。メーラーは立ち上げ放しにしてあり、30分に1回はサーバーに読みに行くように設定してある。仕事をしている横で、ときどきEUDORAが働き、読み込んだスパム・メールが削除される音がカチャカチャと聞こえる(古いのでハードディスクの動く音がするのだ)。
「ザマを見ろ。イヒヒ」
私は隠微な喜びを感じた。帰宅時にゴミ箱を覗くと、開封すらされなかったスパムが死屍累々である。電源を落とせば永久に削除。ミサイル防衛システムの完成! 私あてのメールに「人妻」とか「美人社長」とかの文言を入れないように注意して頂きたい、と私は友人達に言った。即、削除されます。

 そのうち、困ったことが起きるようになった。仕事上のメールまで、時々、ゴミ箱に放り込まれていることが判明した。ある時、Tさんのメールもゴミ箱で発見された。Tさんに伝えると
「どうせ私のメールに怪しい雰囲気があったんでしょう」
と言う。どこか文章の一部がフィルターに引っ掛かったに違いないが、なにしろこの頃には我が防衛網は巨大システムになっていたので、その部分を探し出すのが大変だ。必死で調べると、ありましたね。Tさんのメールの中に「KALEID
AGRAPH」の一語が!

 最近、事態がさらに悪化した。過って削除される仕事上のメールが増え、いくら調べても、その原因が分からなくなって来た。どうも、Tさんの言うように、防衛システムそのものが独自に判断を下し始めたとしか思えない。狐に摘まれたような気分だ。

 一昨日、非常に重要なメールがゴミ箱の中で見つかった。私はその原因を徹底的に調査することにした。そのメールの一部を消して、自分あてに転送する。そしてそのメールが受信箱に仕訳されるか、ゴミ箱に捨てられるか調べていく。この方法で、問題の単語をようやく突き止めた時はもう夜中になっていた。

 ところでその問題の単語だが、これがなんと、ある人物の名前(英語表記)なのですね。うーん。もちろん、そんな単語は仕訳ルールの中にはありゃしない。ここにいたり、私はパソコンの中で、その人物の名前がイケナイ言葉に変換される光景を想像し、ぞっとした。

 私は結局、フィルターに登録された単語を全部削除せざるを得なかった。かくして、わがミサイル防衛網は瓦解したのである。

 

                              (Oct. 2006)

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