「空集合に関する国際会議」報告

 去る2001年4月1日、大阪国際会議場において、「第1回 空集合に関する国際会議」(日本物理学会主催セズ、日本数学会協賛セズ)が開かれた。筆者は御苦労にも全日これに参加したので、ここにその概略を報告しておこう。

 会議の初めに、斯界の権威Karl Friedrich Munchhausen博士による「空集合研究-回顧と展望-」と題する基調講演がなされた。「回顧と展望」などと副題のついている講演なんぞにろくなモノはない、というのが通り相場であるが、M博士の講演はどうして立派なものであった。M博士は、迫害と嘲笑に耐えて空集合研究の道を切り開いた先人達の業績を紹介した後、残された23の未解決問題のリストを示し、最後に、空集合の美しさを讃える自作の詩を朗読して講演を締めくくった。ここに至って、会場は感激のあまり咽び泣きする人々の声で満ちあふれ、会議は冒頭から、あたかも自己啓発セミナーのごとき様相を呈するに至ったのである。

 この後、休憩をはさみ、「透明人間の実在について」と題する特別講演が組まれていた。講演者名の欄に「透明人間1号」と書かれてあるのを見て、参加者一同、度胆を抜かれるとともに、関心はいやがうえにも高まったのである。講演時間が近づくと、歩く空集合とでも云うべき透明人間をひと目見たい、という矛盾の固まりのような期待に胸をふくらませた聴衆で、会場は立錐の余地もないほどであった。

 読者はもう、このあとの話の展開がどうなるか、だいたい予想がついたであろう。ちょっとそこの君、分かっても黙っててね。

  ウォッホン。左様、講演開始時間を過ぎても、演壇には誰も現れず、ただ時間だけがむなしく過ぎてゆくのみであった。あの時、壇上に居たのは、正真正銘の透明人間であったのか、それとも正真正銘の空集合であったのかは、今でも議論され続けているところである。筆者個人としては、「透明人間は全盲である(∵体組織の屈折率が空気と等しいから)」と喝破した寺田寅彦の学説の真偽を、直接、質問して確かめたかったのであるが、それが叶わなかったのは残念であった。

 ああ、アホらし、と思ったひとは、この先読まなくてもいいからね。

 一般講演は、数学・哲学分科と物理分科とに分かれてパラレルセッションで行われた。 数学部門でなされた講演題目の一部を紹介すると、「リーマン予想 7つ目の証明」(講演時間を大幅に超過して演壇からひきずり降ろされた)、「円周率は正確に3である」(講演者は文部科学省のお役人とおぼしき人物)、「宇宙群論-そのXIII」(宇宙群論のおっさん元気にやってたか)、「定規とコンパスによる角の3等分」(講演者の肩書きは、世界3等分協会会長)などである。

 筆者自身は、「空集合に関するラッセルの逆理について」と題する講演を行った。空集合の全体を要素とする集合をΩとせよ。その時、Ωはそれ自身を要素として含むか?という問題を考察したものである。えーと、もしΩがΩに含まれていないとするとΩは空集合じゃないんだが、空集合をいくら集めたって空集合だからこれは矛盾。もしΩがΩに含まれているとするとΩは空集合じゃないからこれも矛盾かな?てな具合に話しているうちに自分でも訳が分からなくなり、立ち往生してしまったのは残念至極であった。せめて高座で噺の筋を忘れ、絶句した晩年の桂文楽みたいに、「もう一度勉強して出直して参ります」と言って引き下がればよかった。ちなみに筆者は、新宿紀伊国屋寄席で起こったこの出来事の現場に居たのだ。どうだ、恐れ入ったか。

 何の話をしていたんだっけ?そうだ、空集合、空集合。

 このあと、「空の空なり、アーメン」と、演壇でお経を唱える坊さんが出てきたり、「般若心経における空集合概念」などという話が続き、抹香臭くなってきたので、数学・哲学分科は敬遠して物理分科に出ることにした。

 物理分科では、様々な具体的(?)空集合が話題になった。「常温核融合」、「室温超伝導」、「煤からダイヤモンド計画」、「第5の力」、「大統一理論」、「量子コンピュータ」、「量子カオス」、「透明磁石」などが主なテーマである。中でも「第1種永久機関の新原理」と題する講演などは、堂々たる古典的空集合であるので、聴衆の多大なる関心を集めた。筆者の理解した範囲では、要するにCasimir効果を利用して、真空からエネルギーを引き出そう、という提案のようである。また、「量子ゼノン効果」に関する講演では、よぼよぼの爺さんに、毎日「お元気ですかあ?」と声をかけて、生きていることを確かめてやると、永遠に生き続けるであろう、という指摘がなされた。何のこっちゃ。

 こうして見ると、物理の世界は空集合だらけではないか。とくに「量子ラチェット」とか、K教授が考案したという「量子籤」とか、量子ナントカという奴はみんな空集合だ。もっとも、何年か後には、突然、空集合の座を滑り落ちる話も無いとはかぎらないので、油断がならない。

 R.P.Feynmanは、「物理学者は探検家で、哲学者は観光客である」と言った。哲学者はそのとおりとして、これは物理学者をほめ過ぎというものだ。筆者に言わせれば、同じ物理学者でも、実験家はハンターで、理論家はサギ師である。ハンターが仕留めた獲物を、後からやって来て、理屈をこね、言いくるめて横取りしてしまうのが理論家だ。もっとも仕留めた獲物の調理法を知らないハンターが多いのも事実だが。一説によると、人類史上2番目に古い職業は、外交官またはサギ師だそうだ。してみると、昔から理論家は居たわけだ。空集合に関する理屈をこね回してお金を稼ぐなど、理論家でなければ出来ない芸当というもんだ。

 また脱線してしまったが、なに、構うものか。相手は空集合だ。

 というわけで、「第1回 空集合に関する国際会議」は盛会のうちに幕をおろした。「空集合に関する陳述は全て真」という公理に従い、提出された論文は全部レフェリーなしでプロシーディングズに掲載されることになっている。もっとも、出版してくれる出版社があればの話だが。なお、2回目以降の開催予定は立っていない。

目次に戻る