困った名前-その2

 世の中に通用している「物の名前」は、数学者が任意に定義できるような符丁ではなくて、長い歴史を背負っているはずのものだ。ところが、気になって(というより気に障って)しかたがない「名前」がある。気にしない人には余計なことだろうと思うけれど、言わせてもらおうか。

 私が中学生の頃までは、国政選挙や自治体選挙のたびに町中のポスターに掲げられ、新聞やラジオでも連日報じられたスローガンがあった。それは「公明選挙」である。今はこの言葉を知っている人はある程度の年配者だけかも知れない。要するに、買収や供応に汚されない「公明正大」な選挙をいたしましょう、というキャッチフレーズである。

 ところが1960年代のある年を境にして、パタリとこの言葉が消えた。理由はお分かりであろう。公明党が旗揚げをして、国政選挙に進出したのである。「公明党」が選挙活動をしているときに「公明選挙」なんて言葉が使えるわけがない。その時に私の受けた印象は、あ、ずるい、というものだ。
 「民主」も「自由」も政党名に使われているじゃないか、というかもしれないが、普通名詞として他の文脈でも広く使われている言葉と、「公明選挙」と「公明正大」にしか出番のない言葉とでは格が違う。「公明選挙」は「公明党」に負けて、日本語から姿を消したのである。とばっちりで「公明正大」も消えた。いまさら「公明党」に名前を変えてもらうわけにもいくまい。
 断っておくが、私は公明党の政策に反対とか賛成とか言ってるわけではない。ただ、名前の付け方が、ちょっとずるかったかなあ(賢いともいうが)と感想を述べているだけである。公明党支持者の皆さんは、私に抗議のメールなんか寄越さないで頂きたい。

 ちょっとずるくて癪にさわる名前はまだ他にもある。大阪発祥のラーメン店チェーン神○のラーメンは「おいしいラーメン」という。これ商品名。客はラーメンを注文するたびにこれを言わされる。
 癪なことに、別に宣伝するわけじゃないが、実際、安くて旨いのだ。私は現在、単身生活なので、週に1度は食べに行く。

「ご注文は、お決まりですか?」
おいしいラーメン」
「は?おそれいりますもう一度」
おいしいラーメン(チクショー)」

 笑いごとでは済まない話もある。ある時期、日本中の国公立大学から一斉に「数学科」の名前が消えた。代わりに誕生したのが「数理科学科」や「数理学科」である。某国立大には「多元数理科学研究科」というわけの分からないのもある。理由はどうでもよい(よくはないか)が、「一斉に」というところが気持ち悪い。改組や改編にともなって、どういう力学が働いたのか、およそ想像はできる。

 学者先生は融通は効かないが、知的には誠実、などというのは昔の話、今はたわごとである。政治に走れば俗人以下(以上?)である。これから先は私の想像。

○○省または○○府のお役人「数学とか物理学とか、今は受験生に人気がないからね」
××教授「ございませんね」
役「人気の出そうなナウい名前にしないと」
教「(プッ、ナウいだって) さようでございますね」
役「今はシステムの時代だね」
教「はあ。それではシステム数理科学科」
役「グローバルなんかもいいね」
教「なるほど。ではグローバルシステム数理科学科」
役「多元も新しそうだ」
教「ではグローバルシステム多元数理科学科」
役「数理なんか取っちゃったら?」
教「とほほ。グローバルシステム多元科学科」

 「数理科学科」程度なら、数理科学科→数学科 と私も脳内変換できるようになったが、名前を聞いてもいったい何をやっているのか全く想像できない学科名・学部名が多い。「システム」「人間」「先端」「環境」「情報」「マネジメント」これらの単語を混ぜてガラガラポンと組み合わせれば出来上がりである。字面だけからは何の情報も伝わってこない学科名・学部名を見せられて進路を決めなければならない受験生が可哀想だ。大切な物の名を符丁のように、あるいはファッションとして弄ぶ。これを知的退廃と言わずしてなんというのか。

 

                                        (Dec. 2009)

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