切り株大学

 わが大阪府立大学は、前身校である大阪工業専門学校が、現在のキャンパスのある堺市中百舌鳥に開学してから70年以上の歴史を持つ。結構古い大学なのである。それにも関わらず、「今、出来たばかりですねん」という雰囲気が、学内のあちこちに漂っている。なぜだろう?

 キャンパス内に大きな樹木の少ないことが、その理由の一つらしいと、ある時、気がついた。70年経っても木が大きくならない不思議な大学なのだ!

 誰が切るのか知らないが、とにかくよく木を切るのである。やっと大きくなったと思うと、きっと切られてしまう。近頃、とくにひどくなった。いまや学内は切り株だらけである。

           

 

 根こそぎ伐採を免れた木も、こんな↓寸づまりの無残な姿に剪定されてしまう。次はメタセコイアの番だろう。

       

 

 最近、事務が広場のこのクスノキを伐採しようとして学生に反対されたという。この木、いつまで無事に立ってることやら。

   

 

 さて、どうしてこんなに滅多やたらに木を切るのか?その理由が分からない。理由の分からない行動は不気味である。そこで分からないなりに仮説を立ててみた。断っとくが仮説だから真偽の程は責任負わない。

[仮説1]
キャンパスの管理をしているどこかの部署のエライさんは、子供の頃、木登りの出来ないいじめられっ子だった。木登りの得意な腕白坊主どもに、木の上から嘲られ悔しい思いをした。
大人になったいま、彼は高い樹木を見るとなぜか無性に切り倒したくなるのだ。それは本人さえ意識していない悲しいトラウマの成せるわざなのだ。

[仮説2]
大学の樹木の管理を一手に請け負っている凸凹造園有限会社の仕業である。請負料は、切り倒す樹木の樹高と本数で決まる(10メートル以上、1本10万円!)。

毎年、年度末が近づくと、学内を歩き回って切る木を探している。大きな木には値札がぶら下がっているのである。そのうち切る木が無くなってしまうまで続くだろう。

[仮説3]
大阪の人は木がきらいだ。

 多分、仮説3が正解なのだろうと思う。その証拠に、大阪では公園の木も街路樹も、皆、チンチクリンに切り詰められている。これは感性の違いだからどうしようもない。お陰でわが大学のキャンパスはあっけらかんと明るくて見通しが良く、結構なことだ。

 下の写真はアメリカの私立大学 Wakeforest University のキャンパスである。大木の枝に、誰かが吊るしたブランコがぶら下がっている。真ん中はキャンパス内にある教員宿舎。右は大学創設者の夫人が花作りを楽しんだガーデン。大学とはこういう所だと私は思うのだが・・・。

       

 

 

                                     (Apr. 2010)

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