截金硝子

 好天に恵まれた秋分の日に、日本橋三越で開催中の「日本伝統工芸展」に行ってきた。昭和29年に第1回目が開かれ今年は第61回目である。私がよく見物に行っていたのは、今から40年ちかくも昔のことだから第20回目あたりなのか? ふ〜(ため息)。

 日本伝統工芸展はこの分野の日本最大規模の公募展で、今年は応募総数1758 入選数599だそうである。分野は陶芸、染織、漆芸、金工、木竹工、人形、諸工芸(七宝やガラスなど)からなる。若い人の作品もあれば、人間国宝の著名な作者の作品も並んでいる。もう少し広い会場でゆったりと見物できたらもっとよいと思うが、何しろ展示作品の数も多く入場無料だからしかたないだろう。

 この工芸展ではいつも、日本の伝統工芸の質の高さに感心すると同時に、深い安堵の気持ちを覚える。すべてが隅々まで神経の行き届いた手仕事。日本人特有の鋭い感性で磨き抜かれた作品ばかりである。これらは「工芸品」だから基本的には日常に接する「日用品」である。そういうものに磨きをかけるのが、日本人の美意識なのだ。セザンヌやピカソの大芸術も結構だが、クラフトマンシップの極致のようなこれらの作品を見るのは楽しい。

 多くの作品に日本の季節感が溢れている。とりわけ染織部門(着物や帯)においてそれは顕著である。和服とは、これほど敏感に季節を映し出すものだったのかと改めて気づく。女性が、自ら選んだ衣服の織りや染色のデザインを通して自在に四季を身に纏うという楽しみは、よその国にもあるのだろうか?



 今回、私には特に目的とする作品があった。山本茜さんという女流工芸作家の截金硝子(きりかねがらす)作品だ。日曜日のNHK教育テレビ「日曜美術館」で日本伝統工芸展の特集があり、その中でNHK会長賞を受賞した山本氏の作品と、制作現場の紹介が放映されていたのである。

 截金というのは、金箔を細く切り、仏像・仏画などに貼りながら文様を描く技法である。仏教とともに大陸から伝来し、平安時代後期に芸術性の頂点に達したのち、仏教寺院を中心に装飾技法として伝承されてきたそうだ。これらの歴史は山本氏のホームページ
http://akane-glass.com/
に書かれているので、そちらを参考にしていただきたい。

 ところで、「截金硝子」という技法は、実は山本茜氏の独創なのである。截金は、仏像などの荘厳(しょうごん、飾ること)を目的とするため、どうしてもそれ本来の自立性を持ちえない。また、はがれやすく手を触れることもままならない。截金という困難な技法に魅力を見出して作品を制作していた山本氏は、そこで截金をガラスに封じ込めることを思いつく。ガラスに封じ込めることにより、截金は立体的になり、宗教から自立してそれ自身の美を発揮するだろう。

 截金という技術そのものが、幅1ミリに満たない金箔を切り出して貼るという難しい技術なのである。それをさらにガラスに封じ込めるというのは超絶技巧と言っていいだろう。山本氏はそのために富山ガラス造形研究所に入学し、ガラス技術を習得する。ガラスの融点と金の融点が近いために、やっかいなことが起こる。不純物が入るとガラスに気泡が生じたりもする。それらの困難を乗り越えて截金硝子の技術は完成したのだ。

 山本氏は、現在、京都郊外の山間部にアトリエを構えて制作している。その作業部屋には研磨機や電気炉が並び、さながらモノづくり研究室の実験室のようだ。私は山本氏は截金作家にならなかったら、実験家としても成功していたのではないかと思う。実験家の真骨頂は、誰にもマネのできない困難な技術に挑戦することである。実際、○○さんにしかこの結晶は作れない、とか、このデータは取れない、ということはよくある。すぐれた実験家は、新しい技術を学ぶために世界中どこへでも武者修行に行く。日本画の勉強をしていた山本氏が、截金を学ぶために人間国宝の江里佐代子氏(故人)に弟子入りし、ガラス技術を習得するために富山に修行に行ったのも同じである。

 今回の伝統工芸展では、過去の伝統を受け継ぐだけでなく、異分野への積極的な展開を期待する、という意味のことが趣意書に書かれていた。山本茜氏の仕事は、その意味でも主催者に高く評価されたのだろう。上記の氏のHPに行くと、NHK会長賞受賞作「截金硝子長方皿 流衍(きりかねがらすちょうほうざら りゅうえん)」を含め、硬質の輝きを放つ作品のいくつかを見ることができる。


                                        (Sept. 2014)

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