樹を伐る人

 大阪に暮らして残念に思うことは、都心に樹木の茂った公園や庭園が少ないことだ。これはもう絶望的に少ない。東京では、山手線沿線とその内側に限っても、日比谷公園、浜離宮恩賜公園、芝公園、有栖川宮記念公園、目黒自然教育園、代々木公園、明治神宮、神宮外苑、新宿御苑、小石川植物園、六義園、後楽園、古河庭園、上野恩賜公園などなどいくらでもある。そもそも東京の真ん中には皇居があるし、青山墓地や雑司ヶ谷墓地などの古い霊園も公園のようなものだ。私が小学生の頃は、よく課外授業で先生に連れられて、これらの公園に出かけた。今でもそれは変わらないだろう。

 東京の公園や庭園の多くは、昔の大名屋敷や明治の元勲の邸宅跡や旧財閥の別邸である。これは400年間、政治権力の中心であり続け、かっては武士の町でもあった東京の成り立ちと関係がある。大阪に樹木が少ないのは大阪が商人の町として発展してきたからだろう。大阪の人は「木が生えていても1円にもならへん」と考える(邪推か?)。そこで、それを伐り払って空き地に小さな店を建て、商売を始める(偏見か?)。

                        

 

 私の勤務している大学は堺の町中にあるが、宏大なキャンパスを誇っている。土地はまっ平らでまっ四角形である。馬術部があるので、農場の中の道をポカポカ馬が散歩したりしている。ナンキンハゼや銀杏など紅葉する樹が多く、とりわけ秋は綺麗だ。土地が平らなので、やや陰影に乏しい憾みはあるが、日本全国の大学の中でも気持ちのよいキャンパスの上位に来るだろう。言っちゃ悪いが、ことキャンパスに関する限り、同じ関西の国公立大学であるK大学やO大学OC大学なんかとは比べ物にならないくらい恵まれている。これは大きな財産だ。

 しかし学内に、このことを自覚している人が少ない。自覚していないとどういうことになるか。

 上の写真は正門から東西にのびる大学のメインストリートである。右手には見事なカイヅカイブキの並木が続いている。ここに写っているのはその一部に過ぎない。左の街路灯と比べてもらえば、その高さとボリューム感が分かるだろう。枝の先はゴッホの糸杉のようによじれ、渦を巻いている。多分、これだけ立派なカイヅカイブキの並木は他所では見られないだろう。

 2年ほど前に、大学の事務からアンケートが回されて来た。その内容は、このカイヅカイブキの並木を伐採してよろしいか?というものである。理由は「見通しが悪く防犯上、問題だから」ということである。これにはびっくりした。

 大学の事務は、とにかく木を伐るのが好きなのだ。文化系部室の建物前にあった2本の大きな柳の木も伐られてしまった。春には横山大観の屏風絵のように綺麗な芽吹きを見せてくれていたものを・・・。木があっても1円にもならないし、枝折れなんかで事故があったら責任を問われるのがいやなのだろう。

 今回はアンケートを取っただけましかも知れない。さすがに伐採には反対する人が多かったと見えて、全伐は免れた。そのかわり下枝をすっかり伐り払われ、安物のクリスマスツリーのような情けない姿になってしまった。見通しは良くなったが、もう、写真のような迫力はない。

 ごく最近、とうとうこのカイヅカイブキの一部を含め、大きな樹木の伐採が始まった。新しい建屋が出来るようだ。近頃、キャンパス内に新築の安っぽい建屋が目立つようになった。私は最近、機嫌が悪いのだ。

                        (Feb. 2007)

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