カラス  

私はいま、カラスとの戦いの毎日を送っている。家の近くに木々の茂った公園がある。ある日、その公園を歩いていたら、いきなり後ろから何か硬いもので頭をつつかれた。思わず首をすくめると、バサバサと音を立てて一羽のカラスが前方に飛び去っていった。カラスに爪を立てられたのだと分かった。カラスは近くの木の枝に止まるとガーガーと威嚇するように啼いた。そして木から木へ飛び移り、私の後を執拗についてくる。それも一羽ではなくて二羽いる。私はカラスに恨みを買うようなことをした覚えはない。どうやら誰か別人と間違われたようだ。

     誰か烏の雌雄を知らんや


 理不尽なカラスの襲撃は、この日から始まった。翌日もその翌日も、私が公園を訪れると、二羽のカラスはどこからともなく現れ、威嚇と襲撃を繰り返すようになった。いつも二羽だから雌雄のつがいなのだろう。

 どうやって人を見分けているのか知らないが、遠くの方から見ているようで、いつの間にか背後にやってくる。一度、ためしに野球帽をかぶって公園に行ってみたが、やはり二羽は現れた。たとえ相手がカラスでも、執拗に付け狙われるというのは気持ちの悪いものだ。ダフネ・デュ・モーリアの(というよりヒッチコック監督の)「鳥」を思い出す。

 カラスは人を襲う時、決して前からは来ない。必ず背後から襲ってくる。私が警戒してそちらに顔をむけると、木の枝で見下ろしているが、視線をそらした途端に低空飛行で襲撃してくる。実にしつこく、攻撃的で悪知恵がある。こちらが立ち止まって見上げていると、激しく木の枝をつつき、葉や小枝を下にまき散らして威嚇する。

 私は完全に腹を立てた。「この野郎、そこらのお兄いさんと見損なうなよ」とカラスとの戦闘モードに入った。ビニール傘を閉じたものを手に持って、公園に行く。後ろから来たら抜き打ちに叩き落してやるつもりだ。背後に殺気を感じながら振り向かずに歩く。ところが、敵は私の手にしているものに気づいたと見えて、なかなか襲ってこなくなった。

 夏が始まり、公園内は子供連れの家族で一杯だ。その中を、巻いたビニール傘を手に静かに歩く剣客(私)と、背後から付け狙う二羽のカラスの決闘が続いている。

 

 


                                        (Jun. 2018)

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