亀仙人の話

 私は亀仙人の講義を聞いていた。

 ウォホン。世界中の物理学者が追い求めておる究極の理論は、よく知られておるように3つある。その第一は、言うまでもなく「大統一理論」だな。これはヒモの生活にあこがれている連中が、シコシコやっておるが、今では何をやっているのか自分らにも分からなくなっておる。泥沼だな。

 第二番目は、すべてのハミルトニアンを対角化してしまうという「夢のユニタリ変換」だが、これはドラゴンボールを5つ(いや7つだったかな?)集めれば手に入れることができるそうじゃ。

 そして、問題の第三番目がすごいぞ。宇宙の全歴史を、過去だろうが未来だろうが自由に計算できるという「ジェネラル・ナンセンス理論(註)」だ。わしは最近、それを発見した。論文に書く前に、お前たちだけに教えてやろう。

 まず全宇宙のハミルトニアンをH(t)とせよ。(おい、いきなりコケるな。) tは宇宙の始まりを原点とする時間じゃ。時刻0での宇宙の波動関数をΨ(0)としよう。すると、任意の時刻tでの宇宙の状態は、波動関数Ψ(t)で表わされるが、これは何と

   Ψ(t) = U(t)Ψ(0)


と書ける。美しい公式ではないか!ここでU(t)は

   U(t) = exp+[-iH(τ)dτ]

と表わされる。ただしexpの下に+がついておるのは、「時間順序づけられた指数関数」の意味で、積分は0からtまで行う。なお、プランク定数は1にとるのがカッコいいのじゃ。(実はWebページへの数式の貼り付け方がわからん。)
 お望みなら相互作用表示で書いてやってもいいぞ。なに、具体的な計算?それはお前らに任せる。

 

と、ここで私は目が覚めた。変な夢を見たのは、さっきセミナーで変な話を聞いたためらしい。

 私は雑誌のレフェリーをしていて、これに近いジェネラル・ナンセンスな理論の論文をリジェクトしたことが2回ある。(二つとも著者は外国人だったから貴方の論文ではありません。)どちらも、問題の答えをユニタリ変換で表わして、それを形式的な無限級数展開で書き下した、というタイプの理論である。問題が解けたことにも、何かが分かったことにもぜんぜんなってない。

 有名な久保公式も、ジェネラル・ナンセンス理論すれすれだと思うが、非平衡状態での線形応答を、平衡状態でのゆらぎの情報だけで表現できているので、実際に役に立つありがたい公式なのだ。式の変形で「何かがわかる」とはどういうことか、考えてみるといいだろう。

(註)数学では「アブストラクト・ナンセンス」という。

 

                                    (May 2011)

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