あったらいいな こんなジャーナル

 新たに創刊された物理や工学分野の論文誌の広告メールが、最近よく届く。投稿してください、という勧誘である。アジア発のものが多いのは時の勢いということだろう。

 先日、某大学であった研究会の懇親会で何人かの旧友と再会した。私以外は全員、実験家である。懇親会は、学問的にも重要なアングラ情報を入手する貴重な機会ではあるが、気をゆるした仲間同士でアルコールまで入っているとなると、時にはただの放言大会にもなる。

 こんな論文誌があったらいいのにな、という話になった。以下に挙げておこう。

・Journal of Irreproducible Experimental Results

 たった一度だけ、すごいデータが取れた、という経験が誰にでもあるようだ。こういう条件で、こういう測定をしたらこういうデータがとれるはずだ、という見込みで実験家は実験をするのだが、思い通りになることは少ない。しかし、ドンピシャリ予測どおりのデータが取れることもある。喜んで再測定してみても、もう2度とそのシグナルは出なかった、という話。
 聞くところによると、超伝導メゾスコピック系で初めてラビ振動を観測した、かの有名なNature論文の実験では、微細加工で作ったたくさんの試料の中の、たった一つのサンプルでしか望むデータが取れなかったそうである。この場合は、実験そのものは再現性があったわけだが。


・Journal of Inexplicable Experimental Results

 実験をしてデータが取れたら、論文を書くのだが、実験事実だけでは論文として受け付けてもらえない。かならず、その理論的解釈つまりストーリーをつけなければならない。これは実験家自身に簡単に書ける場合もあるし、理論家に下請けに出して第一原理計算(おわかりだろうが私はこれを好まない)なんかを添えて箔をつける場合もある。問題は、何が起こっているのか皆目、見当がつかないデータが取れた場合である。
 本当はここから物理は面白くなると思うのだが、論文はいつまでも書けない。こういった実験結果だけを投稿できる雑誌が欲しい、という要望である。考えてみれば、すぐに理論的説明ができる実験など、面白くもなんともないわけだ。なお、この雑誌では、こんな理論的説明が可能だとレフェリーに批判されると、めでたくリジェクトされる。


・Progress of Theoretical Physics by Retired Experimentalists

 あぶない話題なのでノーコメント。


・Progress of Theoretical Physics on Null Sets

 この雑誌が対象とする論文には2種類ある。論理的に空集合にしかあてはまらない非常にあぶない理論と、論理的には無矛盾だが自然現象の説明にはぜんぜんなっていない、普通にあぶない理論である。私に言わせれば、理論家の書く大半の論文は、この雑誌に掲載される資格がある。


・Physics Review

  Physical Reviewではない。これは、その年に出た物理関連の論文を、ああでもないこうでもないと論評する雑誌である。文学界の文芸時評のようなものだ。匿名でやると面白い。文学や芸術の分野では、批評家という職業が成立している。物理学界も、これだけ成熟したのだから、他人の仕事にケチをつけたり提灯を持ったりするだけの職業があってもよさそうな、とここまで書いてきて、これはありえないと気がついた。


                                           (March 2012)

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