双児ものミステリー

 ひと頃、我が家の女主人(妻)と私は、テレビのミステリー・ドラマの熱心なファンだった。ミステリーと言っても、ジェレミー・ブレット演ずるところの「シャーロック・ホームズ」やデビッド・スーシェのとんがり頭が嬉しい「エルキュール・ポアロ」などの、海外の良く出来たテレビドラマではなくて、「○曜サスペンス劇場」とか「湯煙○○殺人紀行」とかいったたぐいの安直な和製ドラマだ。私と女主人は、これを「双児もの」と呼んでいた。双児のトリックというミステリー史上もっとも陳腐なトリックを臆面もなく使う、という意味である。「双児ものミステリー」は、たいてい、夜の8時に始まり、コマーシャルや次週の予告などがあるから9時50分ごろには終わる。これがなかなか良い気晴らしになる。

「双児ものミステリー」には次のような特徴がある。

「双児ものミステリー」は、ゲラゲラ笑いながら見るのが正しい見方であるが、もっと楽しみたいときは「強制吹き替え」をやるのがよろしい。つまり、テレビの音声を消して、俳優の口に合わせて勝手なセリフを入れ、全く別の物語にしてしまうのである。これを何人かの友人と一緒にやるとすこぶる楽しいが、私と女主人しかいないときは、しかたがないから私一人で吹き替えをやる。

(刑事と真犯人の息詰まる対決場面、吹き替え版)

刑事(あらぬ方を見ながら、さりげなく)「昨日の麻雀はひどかったね。あなたが健ちゃんにを食わせるから、わたし、大三元振り込んじゃったじゃありませんか」

犯人(タバコに火をつけ、うそぶく)「ふん、対面の役萬ねらいに気が付かないのがどうかしてるよ」

刑事(振り向きざま)「それだけじゃ、ありませんよ。何ですかあのチョンボは。私は16枚の多牌した人を初めて見たね。あれで私のツキが逃げた」

犯人「俺も、やけに面子が多いなー、とは思ったね。だけど、途中まで誰も気が付かなかったじゃないか」

刑事(犯人を指差しながら)「あなたが4つ目のポンをした時、気が付いたんだ」

A子(犯人の妻)「あなた、もう下手な麻雀はやめて!この頃スッてばっかりじゃないの!」(ト犯人にすがりつく)

双児ものミステリーを見過ぎると、犯人は登場人物の中にいる、という固定観念が出来てしまう。結果、ニュース番組で殺人事件の報道中、関係者が出て来て何かしゃべると、私と女主人は声をそろえて叫んでしまうのであった。
「犯人はこいつだ!」

思えばあの頃はヒマだった。

                             (Oct. 2000)

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