ヘンギさんがまたやって来た

 アウグスブルク大学のPeter Hanggi教授が来日し、この1月16日から私達の研究室に滞在した。今回は2度目だが1週間ほどの短い滞在である。非常に忙しい人なのに、はるばるやって来てくれたのだ。大阪府立大学と大阪市立大学で、それぞれ
"Exce(o)rcising Demons: Brownian Mortors at Work in Nanoscales"
および
"
Quantum Brownian Motion and the Third Law of Thermodynamics"
と題する講演をしてくれた。どちらも非常におもしろい話である。私を含め、何人かの研究者とディスカッションもしてくれた。

 しかし、ヘンギさんとディスカッションするのはとても骨が折れる。話の最初から批判を始めるので、議論が先に進まず、ランダムウオーク状態にされてしまう。ヘンギさんに言わせると「納得もしていないのに分ったと言うのは不誠実だ」ということである。私なんかは、まあ、一応最後まで話を聞いてから批判なり議論なりしたら、と思うのだが ・・・。
" You are totally wrong "
などと面と向かって言われると、普通の人はメゲますね。私は慣れたが。

 そのため、ヘンギさんと喧嘩してしまう人が多い。しかし、彼のよいところは、決して言い放しにはしないことだ。厳しく批判しても、ちゃんと内容を覚えていて考え続け、翌日続きを始めたりする。今回、彼のそういうすごい所を見た。セミナーの後、焼き鳥屋での飲み会の席で、若手のSさんが自己紹介して、
「私は3年前にアウグスブルク大学に行って、セミナーでこんな話をしたことがあります」
と言った。ヘンギさんはSさんの顔を見て
「あの時の君の講演はこういう話と、こういう話だったが、ここが少しおかしい」
と始めた。私もSさんもこれには唖然としてしまった。ちょうど、医者が患者の顔は忘れても、患部を見て「ああ、○○さん」と思い出すような感じである。異能としか言い様がない。

 こういう能力は、オリジナルの研究もさることながらレビューを書くのに最適である。実際、ヘンギさんには引用回数がそれぞれ2000回と1500回を越す2本のレビュー論文がある。モンスター論文である。

 ヘンギさんと私とは、誰彼の研究者の評価や研究テーマの好みが妙に一致する。それを具体的に書くと差し障りがあるのでここでは書かない。ただ、彼がもっとも嫌うのは物理的メッセージを持たないboringな仕事のようである。ヘンギさんは有名人なので、一緒に論文を書きたいという人が世界各国(とくに物理の発展途上国)にいる。彼の論文リストには495編(うちPRLが50編)の論文が並んでいる。ポスドクは5人抱えている。ヘンギさんは、すこし手を広げ過ぎたと考えているようだ。

 ヘンギさんが帰る間際に、ある問題で私と意見が合わず、どちらが正しいか1000円(6ユーロ)の賭をした。今日、計算してみたら、チクショー、私の負けだった。なお、夜の部のヘンギさんの言動については、私は一切関知しない。

                                   (Jan. 2008)

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