舞楽


 奈良の新公会堂で国際会議があった。ご存じのように新公会堂には立派な能楽堂がある。会議期間中のある日、その能舞台で雅楽の演奏と舞楽の演舞があった。

 舞楽の題目は還城楽(げんじょうらく)。通訳の女性が英語で説明してくれた。なんでも中国の西に好んで蛇を食する人々が住んでおり、その村人が蛇を捕えて喜ぶさまを表現したものだという。なんともノンセンスでシュールな話だ。

 鉦と太鼓の単調なリズムに乗って、橋懸りから演舞者が現れる。きらびやかな衣装に不気味な面をつけている。ゆったりとした足さばきで能舞台を歩き回っていたかと思うと、両手をパッと鳥の翼のように広げたり、ラジオ体操のように両腕を平行にして振り回すという激しい動きが入る。片手に撥を持っている。

 蛇を見つけ手にとるところで、音楽に笙が加わってリズムと音色が変わった。あいかわらず不思議な歩行と手をパッと挙げる動作が続く。それを見ているうちに、だんだん引き込まれクレージーに気持ちになってきた。

 

 私は内田百閧フ掌編「蘭陵王入陣曲」を思い出した。百鬼園先生の勤める大学で創立記念日か何かの祝い事があり、舞楽の演舞が行われた。その夕方、百鬼園先生が晩酌をしていると、昼間見た舞楽「蘭陵王」の笛の音が聞こえるような気がする。壁一枚へだてた隣家でドンという音が聞こえると、つられて思わず立ち上がり箸箱を撥のかわりに持って踊り出す。家人の制止を振り切り、ぴいぴいどんどんと歌い、皿を蹴飛ばし、家の根太を踏み抜いてしまう。

  舞楽は人を狂的、といって悪ければ夢幻状態に誘うようだ。すべての舞踊が本来そうであったように。


                                        (June 2012)

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