秋の日

 秋晴れの暖かな日曜日に、わたしは一人で散歩に出かけた。家を出て坂道を下り、谷間に並ぶ家々の間を抜けて、向こう側の丘に上った。

 このあたりは、鎌倉の谷戸を小さくしたような谷と高台が複雑に入り組んでいて、まだところどころに生垣に囲われた古い日本家屋が残っている。そういう家の玄関先には、ざくろの実が熟れていたりする。そうして、一つの角を曲がると、また同じような風景が続いている。ここを歩くといつも、なんだか迷子になって同じところを歩き回っているような不思議な感覚に襲われるのだ。

 その一角に、見慣れない喫茶店が建っていた。山小屋風の喫茶店だ。おやおや、こんなところに喫茶店があったかしら?ずいぶん古そうな造りだが・・・。

 わたしには、おいしいコーヒーを淹れてくれる喫茶店を見分けるへんな嗅覚があった。それで、この店にも入ってみることにした。

 どっしりとした木造りのテーブルに木造りの椅子。床も板張りで歩くと少しきしむところは、昔、大学の近くにあった喫茶店とそっくりだ。カウンターでは白いあごひげを生やした爺さんが、ネルのドリップでコーヒーを入れている。店内には、スイスかどこかの民族衣装に似たペティコートを着た娘が、ひとり給仕をしている。わたしはなんとなく、彼女はあの爺さんの孫娘じゃないかしらと思った。

 わたしは娘にコーヒーを頼んだ。

 

 木のテーブルについて、コーヒーを飲んでいると、カタカタという物音がする。床を見ると、高さが30センチメートルほどのロボットが一人で歩き回っている。そのロボットたるや、円筒形の胴体に円筒形の頭のついた、古色蒼然たる昔風のスタイルである。きっと真鍮製だろう。それでもカタカタと歩き回り、客の座っている前までくると、お辞儀をし、器用に回れ右して帰っていくのである。なかなかよくできている。

 わたしはロボットの動きに興味を持った。それで近くに来た娘に
「あれはいったい何の動力で動いているの?」
と尋ねた。娘はカウンターにいる爺さんと目配せをして、おかしそうにクスクスと笑った。そして目をクリクリとさせ
「あら、ベンジンで動くのよ」
と言った。そういえば頭の部分の継ぎ目から、青いベンジンの炎が見えるような気がした。

 わたしは、子供のころに父親がお土産に買ってきてくれたオモチャのポンポン蒸気を思い出した。ブリキ製の小さな船は、皿の上の石綿にベンジンを垂らして火をつけ、水に浮かべるとポンポンと音を立てて走り出した。それはその頃、川を走っていた本物のポンポン蒸気とそっくりなのだった。

 

 わたしはコーヒーとロボットに満足して店を出た。そして少し歩くと、突然、気が付いたのである。おやおや、これはわたしが商売でやってきたことと同じじゃないか。何か説明のつかない実験を見ると、わたしは簡単なモデルを考案して計算してみるのだ。すると、時にはその旧式のモデルはうまく働いてくれて、実物の自然そっくりの動きを見せてくれたのである。ベンジンで動くポンポン蒸気や旧式のロボットのように。

 やれやれ、わたしのやってきたことといったら、その程度のことだった。

 わたしは、もう一度あの喫茶店を見つけることができたら、今度は店の天井すれすれを、悠然と泳ぐように動き回っていた小型の飛行船の仕組みについて尋ねてみようと思った。

                                     (Nov. 2015)

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