Greenberg, Greenberger, Greenbergest!

 5年ほど前、ある問題に狙いをつけて文献漁りをしていた。これは実験に触発されたものではなくて、純粋に理論的興味から始めた話だ。物理の古い有名なモデルで、厳密に解けるものがある。これを数学的に拡張して厳密解の範囲を広げられないかと考えたのである。経験によると、こういう発想は、あまりたいした結果を生み出さないことが多い。以前にも結晶のエッジにあるドナー電子の問題やら、ベータトロンの量子力学などの「厳密解」をやったことがあるのだが・・・。しかし、今回は有望に思えた。

 その過程で、ネットを通じてたくさんの関連論文やプレプリントを集めた。その時にCornel 大学のarchiveに置いてあるこんなプレプリントにたどりついた[1]。
(PARA)BOSONS, (PARA)FERMIONS, QUONS AND OTHER BEASTS IN THE MENAGERIE OF PARTICLE STATISTICS,
O.W. Greenberg, D. M. Greenberger, and T. V. Greenbergest

 表題を訳すと
「(パラ)ボソン、(パラ)フェルミオン、キューオンおよびその他の粒子統計の動物小屋にいる獣たち」
ということになる。いかにも怪しげな論文だ。Menagerie(見世物用の動物小屋)なんて言葉は初めて知った。

 表題より怪しいのは連名の著者名だ。形容詞の原級・比較級・最上級になっている。このうち、O. W. GreenbergとD. M. Greenbergerは実在の物理学者である。とくにGreenbergerは量子力学と隠れた変数理論(局所実在論)の正否を、不等式ではなくて等式で判定することを可能にしたGreenberger-Horne-Zeilinger(GHZ)理論で有名である[2]。しかし、最上級のT. V. Greenbergest は架空の人名と思われる。Web of Scienceで検索しても一つもヒットしない。


 私の推測だが、これはGreenbergerの仕組んだギャグなのではなかろうか。GreenbergerとGreenbergが共著でこの論文を書いて、投稿するときに悪ふざけを思いついたのだろう。

 ちなみに Greenbergest氏の所属は南メソジスト大学物理学科 となっているが、南メソジスト大学はテキサス州ダラスにある文系の私立大学で物理学科は存在しない。Wikipediaによると有名教授には経済学者のレビ・バトラ氏がいて、1993年にイグノーベル賞を獲得している。その理由は「世界的な経済の崩壊をふせぐために充分な数の本を売ったことに対して」だそうだ。バトラ氏は「資本主義は花火のように崩壊する」という説の持ち主で、たくさん著作を売りまくったのだ。

 脱線してしまった。

 で、くだんのプレプリントだが、書いてあることはまともなようだが、いまだに論文としてpublishはされていない。著者名がふざけ過ぎているせいだろうか?しかし1993年にアップされたプレプリントがいまだに残されているということは、結構、人気があるのかも知れない。

 脱線ついでに言っておくと、「不等式の無いBellの定理」に関するGHZ論文の方も出版が大幅に遅れた。「その当時、この分野はこの結果を何年もほっておいても気にならない状況だった(Greenberger)」ことも一因だったし、書き始めたら70枚もの総説なみになってしまったので執筆が止まってしまったのだ。しかし、他の研究者たちが、まだ論文になっていないGHZ理論を引用して論文を発表し始めたので、焦って論文を書き上げ、やっと出版にこぎつけたようだ。

 

 論文著者名のギャグでは、有名なビッグバンにおける物質創成に関するαβγ論文がある。
ラルフ・アルファはガモフの指導したジョージ・ワシントン大学の大学院生で、ビッグバンにおいて元素の全てが最初の5分以内に生成されたことを計算で示した。この理論は、とくに現在の宇宙における水素とヘリウムの存在比を正しく再現している。これは最高レベルの研究と言ってもよいだろう。この結果は1948年のPhys. Rev.に発表されたが[3]、ここでガモフがいたずらをする。親友であるベーテの名前を著者の中にすべり込ませたのだ。続けて読むとalpha-beta-gammaになって面白いというのがその理由である。

 これはアルファにとっては冗談ごとでは済まなかった。ただでさえ、有名なガモフとの共著なので、自分の名前がかすんでしまうという恐れがあるのに、さらに大物のベーテと一緒ではたまらない。実際、アルファの名は二人のビッグ・ネームに負けて割を食っていることは確かのようだ。ビッグバンモデルの歴史の中で、ラルフ・アルファの業績はその貢献の大きさに比べて、正当に評価されていない[4]。罪なギャグである。

 

[1] http://arxiv.org/abs/hep-ph/9306225
[2] D. M. Greenberger, M. A. Horne, A. Shimony, and A. Zeilinger, Am. J. Phys. 58, 1131 (1900).
[3] R. Alpher, H. Bethe, and G. Gamov, Phys. Rev. 73, 803 (1948). ヘリウムより重い元素の生成メカニズムについては、その後、修正を受けた。
[4] たとえば http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=4505414



                                          (June 2015)

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