2005.8.26

− 物理科学専攻・森茂生教授/堀部陽一助手らの
  グループによる研究成果が英科学誌ネイチャー
  に掲載されました −


                                                                理学部長・大道 薫

 本学大学院理学系研究科・物理科学専攻の量子物性研究グループ(森茂生教授・堀部陽一助手)と、高輝度光科学研究センター、日本原子力研究所、産業技術総合研究所、東北大学の各グループによる共同研究の成果が、世界トップレベルの自然科学研究論文ばかりを集めた英国の科学誌「ネイチャー」の8月25日号に掲載されました。

 大阪府立大学理学部・大学院理学系研究科は「ネイチャーからベンチャーまで」を合言葉に、基礎科学を基盤とし応用科学までを視野に入れた新しい教育・研究の拠点として2005年4月に誕生しました。立ち上げ間もないこの時期に、気鋭の若手研究者がすばらしい研究成果をあげられたことを心からうれしく思います。大阪府立大学理学部・理学系研究科の研究者が、今後も続々と新しいサイエンスを世界にむけて力強く発信し続けてくれることを期待します。
 

論文題目

Ferroelectricity from iron valence orderring in the charge-frustrated system LuFe2O4
   (電荷フラストレート系 LuFe2O4 の鉄原子秩序化による強誘電性)

論文の概要

 本論文では、希土類と鉄を含む酸化物(LuFe2O4で、電子の密度分布によって電気分極が生じる新しい強誘電体の存在を見出した。この物質は強誘電性の起源となる電気双極子が、鉄イオンの電子密度の分布から形成されることに特徴がある。今まで知られていた強誘電体の電気双極子では、一対の陽イオンと陰イオンが原子の位置をわずかに変位させることが起源であった。今回発見された誘電体は、そのようなイオンペアや原子位置の変位を必要とせず、電子の有無だけで強誘電特性が現れるため、今までの強誘電体では実現できなかった新しい機能を生み出す可能性があることが期待される。また、電子の存在で形成される誘電体では、電子スピンによる磁性が誘電性の発生に直接関わるため、磁気と強く結合した誘電体(多強性物質:マルチフェロイック物質)であり、磁性と誘電性の強い相関現象(巨大電気磁気効果など)を発現することが期待される。

  本研究で見出したLuFe2O4は、三角格子と呼ばれる結晶構造を持ち、原子達が三角形に配置しながら積層することで結晶である。さらに2価の鉄イオンと3価の鉄イオンが同数含まれている。この物質の中では、鉄イオンの平均の価数が2.5価になることから、2価の鉄イオンは電子が多すぎて、負電荷の役割を持ち、3価の鉄イオンは電子が足らなくなっているので正電荷の役割を担う。2価の鉄イオンは3価の鉄イオンより電子が一つだけ多いが,その電子の”多い少ない”が、そのまま負と正の電荷に対応する。この正と負の電荷を三角格子の上に置くときには、両者は静電気力により隣り合って配列するほうがエネルギー的に安定であるが、座席が三角形の上にしかないため、第3の座席には正と負のどちらの電荷が来るべきなのか、状態が確定できなくなる。このような現象は三角格子上の電荷の競合(電荷のフラストレーション)と呼ぶ。この物質にはこの鉄イオン電荷のフラストレーションが存在し、これを解消するために、新たに結晶格子よりも、元の3角形の座席よりも座席を増やした広い範囲に電子の(価数の異なる鉄イオンの)配置規則が出現する。この物質では2価と3価の鉄イオンが、元の結晶格子の3倍の大きさをもつ規則配列(長周期構造)が現れ,この長周期構造内において、ちょうど正電荷(3価の鉄)と負電荷(2価の鉄)の中心が一致せず、電気双極子が形成される。この電荷のフラストレーションと言う現象により、電子の規則配列に起因した誘電性(電子誘電性)が現れることがこの物質の特徴である。

用語解説

強誘電体: 電場を加えると、結晶の表面に大きな電荷が現れる物質。電場を取り去っても表面に誘起された電荷が消滅しないことに特徴がある。強誘電体の性質は、結晶の単位格子の中で,一対の陽イオンと陰イオンが原子の位置をわずかに変位させることで電気双極子を形成し、その電気双極子が結晶全体に整列し秩序を持つことで渡って現れることが起源であった。

LuFe2O4は強誘電性の起源となる電気双極子が、鉄イオンの電子密度の分布から形成されることに特徴がある。今まで知られていた強誘電体の電気双極子では、一対の陽イオンと陰イオンが原子の位置をわずかに変位させることが起源であった。今回発見された誘電体は、そのようなイオンペアや原子位置の変位を必要とせず、電子の有無だけで強誘電特性が現れる。


電子誘電性:電気双極子が結晶全体に整列して強誘電性を発生するが、双極子の起源が、イオンの変位ではなく結晶の中の電子の密度分布にあるもの。電子の濃いところが負電荷を持ち、薄いところが正電荷になる。この電子の濃淡の分布が双極子を形作る様に形成され誘電性を発生するとされる